日本泳法とは
日本泳法(にほんえいほう)は、古式泳法(こしきえいほう)とも呼ばれる、江戸時代初期より約400年の歴史を持つ日本古来の泳ぎ方です。
古より戦(いくさ)に必要な武術の一つとして、馬術、剣術、弓、柔、また砲術などと同様に「武芸百般」の一つとして、詳しく研究が始まっています。
現在日本水泳連盟が公認している日本泳法は13流派あります。
◆水府流太田派(江戸) ◆水府流水術(水戸) ◆向井流(江戸) ◆観海流(伊勢) ◆能島流(和歌山) ◆岩倉流(和歌山) ◆小池流(和歌山) ◆主馬神伝流(伊予大洲) ◆神伝流(松山) ◆水任流(讃岐高松) ◆山内流(豊後臼杵) ◆小堀流踏水術(熊本) ◆神統流(鹿児島)
当連盟と水府流太田派との歴史
現存する13流派の一つ「水府流太田派」。
水府とは、いまの茨城県水戸。水戸・徳川家に今も伝わる「水府流」を基本に明治初め、元水戸藩士・太田捨蔵氏が更に究めたものです。
水府流太田派第4代の本田師範が東京高等師範学校(今で言う高校の先生を指導する学校)の水泳師範をしており、この学校で学んだ水泳指導の先生を通じて日本全国の旧制中学(現在で言う高校)に普及。
その水泳師範のうちの一人、山形県鶴岡中学校教員斎藤忠雄が大正12年8月11日より10日間鶴岡市由良にて山形県・秋田県の中学校教員・生徒に水泳講習会を行い、これに旧制寒河江中学(現在の寒河江高校)の生徒が参加。
鼠ヶ関海岸で斎藤を師範とし大正12年8月に寒河江高校水泳部の前身である旧制寒河江中学校水泳部が創部しました。
以来寒河江高校水泳部は90年以上の長きにわたり水府流太田派を継承しております。
活動状況
長年継承されてきたことが評価され、平成24年(2012年)に、寒河江市無形文化財に指定されました。
当連盟では、寒河江西村山地区は勿論のこと、要請に応じ県内各地(山形市・東根市・長井市・白鷹町・米沢市・鶴岡市・余目町等)プール落成式の折には、アトラクションとして私達が継承している水府流太田派を「古式泳法」としてその披露を要請されてきました。
寒河江市においても14の全ての小中学校や市民プールの落成時に、「古式泳法」の披露を実施しております。
現在は「寒河江西村山地区の学童水泳競技大会での日本泳法披露」と「後進(主に寒河江高校水泳部)への日本泳法の伝承」を主な活動としております。
サイトをご覧の皆さんも「昔見たことがある」という方もいらっしゃるかと思います。
「水府流太田派」に興味がある、やってみたい、もっと知りたい、そんな方は私たち寒河江西村山地区水泳連盟に気軽に声をかけて下さい。 (写真は令和3年寒河江西村山地区学童水泳競技大会)